AIがあなたの心を読む
現時点では誰の心も読めていない
私は頭の中で思い浮かべた言葉を、脳波信号を用いて読み取る研究をしている。だからこそ、この主張の危うさや曖昧さがわかる。頭の中で思い浮かべた言葉を読み取ろうとする試みは昔からされてきたもので、いま突然生まれたわけではない。こうした誇張された情報を、これから3つ紹介する。
頭の形を見れば、性格も才能も"犯罪者かどうか"まで分かる
科学的根拠がないのに広まった誤情報
19世紀、脳を27の"器官"に分けて頭蓋の形で性格を読む「骨相学」が大流行した。教会は「魂を否定する」と警戒したが、解説書はベストセラーになり、見世物として大衆に広がり、就職や結婚の判断にまで使われた。しかし、根拠は乏しく1850年代に疑似科学として否定され、差別と序列化が社会に残った。
出典:川名雄一郎(早稲田大学高等研究所, 2017)
"優れた子孫"を残せば、社会はより良くなる
日本で約25,000人が本人の意思なく手術された
この非科学的な思想は、日本で1948年から1996年まで48年間"法律"として機能していた。障害や病気を理由に、約25,000人が本人の意思なく不妊手術を受けた。2024年7月、最高裁大法廷がようやく「違憲」と断じ、国の賠償責任を認めた。
出典:日本弁護士連合会 会長声明(2024年7月3日)
AIが人間の心を読み、"テレパシー"の時代が来る
装置を頭につけるだけで、心を読める技術はまだない
頭に装置をつけるだけで思考を読める技術はまだ確立されていない。いま公開されている技術は、脳に電極を刺して脳波信号を取得する侵襲式で、限られた言葉をようやく読み取れる段階である。私の研究は、頭皮の上から脳波信号を計測するだけの非侵襲式だ。この分野はまだ精度が十分ではなく、頭につけるだけで思考を透視したり、テレパシーができたりする機械は存在しない。
出典:海住太郎(NICT/CiNet, 2024)・神谷之康(京都大学/ATR)
3つの時代は同じサイクルで繰り返された
問題は技術そのものではない。事実そのものより、社会が何を期待し、メディアがどう伝えるか。それによって、同じ過ちがこの200年くり返されてきただろう。
変わっていないのは人間の単純さである
技術は、骨の凹凸から遺伝子、そして脳波へと進歩した。だが変わっていないのは、人間の単純さだ。複雑なものを、単純な形で「分かった」ことにしたい。骨相学も優生学もAIも、人を単純な物差しで分かりやすく裁くための道具にすぎない。
私は今、脳波から心を読もうとする技術をつくる側にいる。だからこそ、分かった気にさせる技術ではなく、分からないことを分からないと正直に言うことが必要だと考えている。ロボトミーが教えてくれたのは、誇張の代償の大きさだ。そして脳のデータには、あなたの思考が入っているかもしれない。それを守る法律づくりを、今から進める必要があるだろう。
出典:田中雄一郎(聖マリアンナ医科大学雑誌, 2022)・松尾剛行(情報通信政策研究, 2025)
受け取る側の あなたにできること
ニュースを見かけたら、鵜呑みにする前に、3つだけ考えてほしい。
この3つの問いを持ち続けることが、200年くり返してきた"誤用"を止める力になると考えている。
参考文献
すべて大学・学会・弁護士会・国の研究機関などの公開情報に基づく
-
01
性格の科学をひもとく歴史的アプローチ 〜19世紀ヨーロッパで起きた骨相学ブームとは〜
waseda.jp ↗ -
02
旧優生保護法国賠訴訟の最高裁判所大法廷判決を受けて、被害の全面的回復及び一時金支給法の改正を求める会長声明
nichibenren.or.jp ↗ -
03
脳と機械を繋ぐブレインマシンインターフェース(BMI)の現状と課題
can-neuro.org ↗ -
04
脳情報デコーディング ― 脳から心を読む技術
ostec.or.jp ↗ -
05
ロボトミーの歴史(1):緒言
jstage.jst.go.jp ↗ -
06
ブレインテック・ニューロテックとAI・ロボット法 ― インターネット・オブ・ブレインズ時代の法と技術
jstage.jst.go.jp ↗